無題

今日の命題 非ネーター環の例を三つあげよ

お久しぶりです。まずは、このブログを作ったから全く更新をしていなかったことに関して謝罪をしたいと思います。全然書いていなくて、すみませんでした。

その理由はおもに、文章を書くことの責任を考えてしまいまったく筆が進まなくなってしまったことが原因でした。ある種の完璧主義の幻想を抱いていたといっていいでしょう。

自分が抱いたその完璧主義的な幻想によって、どのように筆が走らなくなったのかを書き綴っていくとこうなります。

  1. まず、あるトピックについて書きたくなる。
  2. 次にそのトピックの中で伝えたいこと、フレーズが断片的に思い浮ぶ。
  3. その伝えたいことに関して書き洩らしがないためにそれらを記事そのものに直接書き溜めていく。
  4. しかし、文章構造を意識しないで書いてしまっているためにおさまりの良い文章を書くための負担がかかってしまう。
  5. そのために文章構造を練ることがおっくうになっていまい、結局書いたフレーズに接ぎ木をするように文章を書いていく。
  6. ついにはそのメモを充分にうまくさばけなくなってしまいどんどん収拾がつかなくなくなり記事にすることができない、完成までこぎつけてもその記事を書くのに時間がかかり過ぎてしまう。

おそらく一番まずかったのは3なのだと思います。3の状態で記事を書こうとしてしまうと多くのことが破たんしてしまいがちだなと。口述筆記をやっている方は口頭で聞いたことの内容を損ねず、成立した文章を書くというある意味で似たことをせざる負えないことを考えるとやはり口述筆記を行うというのは相当難しいのだなあとも気付けた気がします。

ともかくも、あるとき気付いたそれらの良いフレーズというものはあくまでもアクセントてきな立ち位置、いわば覚えていれば儲けものという位置なのではと思うようになってきました。少なくとも文章をかく妨げにならないように気を付ける必要があるなと。

 

これに関する自分の今の解決策は結局はそういったフレーズを思いついても、紙によるメモにとどめるおくぐらいにしておくことです。けっこう当たり前のことに落ち着いてます。あと少なくとも体裁を保てばよい程度の文章ではそういう気の利いたフレーズは意識せず、忘れたフレーズ=大したことのないフレーズと割り切ってしまうのが良い気がしてきました。(気に入ったフレーズはふつう忘れませんもんね)

 

とにかくも文章を書くことが苦痛になるようにしてはいけない。

 

さてこうしたことを踏まえたうえでブログを再開していくかもしれないのですが、

「かもしれない」ですので、あまり期待しないでください。